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会計制度2021.09.29 JICPA リモートワークに伴う業務プロセス等の変化への対応(提言)を公表(2)

日本公認会計士協会(JICPA)は、2021年7月「リモートワークに伴う業務プロセス・内部統制の変化への対応(提言)」(IT委員会研究報告第56号、以下「研究報告」)を公表しました。

 

新型コロナウイルス感染症が拡大して以降、各企業でリモートワークの導入を進める企業が増加していますが、これらの動きが企業の業務プロセス・内部統制や監査人の監査における主要な課題を識別し、監査人に対してその対応の方向性を示すことが研究報告の目的とされています。

 

前回は、企業及び監査事務所に対して行われたアンケートの結果から、リモートワークの実施状況やその課題について取りまとめてみましたが、今回はそれらを踏まえて公表された提言の部分についてまとめてみます。

 

 

1.リモートワーク下での業務プロセスと内部統制の方向性に関する課題


 

提言においては、リモートワークに関して企業が取り組むべき主要な課題として、以下の4つを指摘しています。
・業務処理の電子化の推進並びに業務プロセス及び内部統制の見直し
・業務処理の電子化を推進するための経営風土及び事業環境の醸成
・リモートワーク下でのアカウンタビリティの維持
・リモートワークの有効な活用のための環境整備及び経営資源の確保

 

 

2.業務処理の電子化の推進並びに業務プロセス及び内部統制の見直し


 

前回取り上げたアンケート結果からも分かる通り、リモートワークの実施にあたっての制約要因には以下のようなものがありました。

・電子システムへのアクセスがオフィス内に限定されている

・社内業務処理が印鑑の押印や紙媒体を基礎としている

・外部提出書類への押印が必要となる

 

企業が今後リモートワークを進展(常態化)させていくにあたって、既存の業務処理を電子形式で作成された情報(電子形式情報)を用いたり、電子的技術を用いた業務処理に変更していくことが大前提となってきますが、近年のITの進展はこのような業務プロセスの変革を可能にしていると考えられます。

 

一方で、このような業務プロセスの変更が行われた場合、これまで実施されていた内部統制や使用されていた情報の変更を伴うため、これまでの内部統制が新たな業務の状況に適合していない、または形骸化しているという状況が発生することが予想されます。このような状況があれば、企業が業務プロセス及び内部統制を適切に見直し、評価を行うことになるということを監査人も留意しておく必要があるとされています。

 

 

3.業務処理の電子化を推進するための経営風土及び事業環境の醸成


 

電子形式情報や電子的技術の活用は、有効かつ効率的に業務を実施する上で、従前からその必要性が認識されているものの、企業に対して行われたアンケートの結果等からも分かる通り、その導入が十分に進められていないという状況も見受けられています。

 

このような状況の背景には、これまで税務上の要件による制約(事前承認制度・タイムスタンプ・適正事務処理要件等)が大きな影響を受けてきたと考えられ
ますが、その一方で、従来から実施してきた業務に慣れており、業務の変更が不安であるという理由で業務処理の電子化が進まないという状況もあるようです。

 

このような企業においては、事業継続等の観点からのリモートワークの導入によるメリットと導入に伴うコストを比較考慮し、経営者がリモートワークやその基盤となる業務プロセスの電子化にどのように取り組んでいくかという姿勢や方針が推進のための重要な鍵となります。また、取引先の取組状況に応じて、その基礎となる業務プロセスの電子化を考慮しなければならない点にも留意が必要です。

 

 

 

 

4.リモートワーク下でのアカウンタビリティの維持


 

業務の自動化が進展した場合、業務が自動的に処理される過程がブラックボックスとなり、そこに新規の取引や業務プロセスの変更等が発生すると、内部統制が形骸化し誤った会計処理が検出されないというリスクが生じることが考えられます。

 

このため、監査人は被監査会社に対して十分なアカウンタビリティ(監査対象となる財務数値の説明責任)を維持するように働きかけるとともに、以下のような点について企業がどのように取り組んでいるのか理解することが重要とされています。

 

・会計証拠による検証可能性を確保する
・原資料の改ざん防止と真正性の確保を確保する
・なりすましや事後否認の防止のために情報作成者を明確にする
・実地棚卸の新しい手法(テレビ電話やドローンの活用等)に対応して適切な内部統制をデザインする
・委託業務(アウトソーシング)の信頼性を確保する
・情報セキュリティを確保する

 

上記の点は、リモートワークを進める上で、企業が取り組まなければならない課題であると読み替えることができ、内部統制等の見直しを検討する上で、十分にご留意頂きたいポイントです。

 

 

 

 

5.リモートワークの有効な活用のための環境整備及び経営資源の確保


 

リモートワークの導入・実施にあたっては、そのための環境整備や経営資源の配分についての企業の以下のような取り組みにも影響を与えるため、監査人はそれらに留意することが重要であると考えられています。

 

従前の在り方に捉われない業務プロセスの見直し

 

以前、このブログでも取り上げましたが、業務処理の電子化(デジタル・トランスフォーメーション)を推進する際には、デジタイゼーションとデジタライゼーションの2つの側面があることに注目しておく必要があります。

 

従前の業務処理を電子化する(業務処理に用いる情報を電子形式にし、遠隔地からのアクセスを可能とする等)デジタイゼーションの考え方がリモートワーク推進の大前提となりますが、中長期的には、従前の在り方に捉われず、効率化の観点から業務プロセスの見直しを図るデジタライゼーションの考え方に取り組みの重点を置く動きが高まるものと考えられます。研究報告では、デジタライゼーションの参考となる事例も紹介されており、ご参考になるのではないかと思われます。

 

リモートワークに伴うモニタリングの在り方の見直し

 

リモートワークに伴う業務プロセスの電子化・自動化は、業務プロセスの簡素化・可視化を通じて現場レベルの単純作業に対する遠隔地からの管理(モニタリング)を可能にするとされています。

 

例えば、このブログでも時々ご紹介している3つのディフェンスラインモデルに当てはめると、第2のディフェンスラインとなる本社管理部門が現場レベルの作業について電子形式情報(電子データ)に対する全量解析等の手法を活用して、モニタリング機能を担うことが考えられます。

 

また、第3のディフェンスラインとなる内部監査部門は、本社管理部門(第2のディフェンスライン)によるモニタリングの結果等も踏まえ、より大局的な見地から内部統制のデザインの見直しを検討する機能に重点を移していくことが考えられます。

 

コロナ禍においては、移動の制限等から本社管理部門や内部監査部門の現地訪問(往査)ができず、不正リスクの潜在化が懸念されていますが、このような新たな可能性についても検討される必要があるでしょう。

 

人材教育及び人事異動への対応

 

前回のブログで取り上げた企業に対するアンケートの結果でも、リモートワーク環境下においてはコミュニケーションの課題が広く認識されています。また、リモートワークに伴う業務処理の電子化や内部統制の見直しは業務を実施する方に求められるスキルセット(能力・資質・経験等)に大きな影響をもたらすことが予想されます。

 

先のモニタリングの在り方のところでも触れましたが、業務実施者は単純な作業からは解放される一方で、異常な取引の発見等システムによる作業結果を解析して対応を行う管理者としての能力が求められるというようなことが起きるのはその一例です。

 

このため、従業員に新たに必要とされる能力を開発するプログラムの整備やリモートワーク環境下における教育研修の手法の見直しが求められるようになると考えられます。従来、経理部門の教育研修方法は、OJT(現場教育)で暗黙知を教えることが主体であったかと思われますが、今後は、業務に関する理解や知見を可視化して共有するような方向性への転換が求められるようになるとされています。

 

人事異動についても同様で、適切なタイミングでの人事異動は有効な内部統制を運用するために必要な統制環境の1つであると考えられれる一方で、リモートワークの実施においては阻害要因となる可能性があることに留意し、従前にも増して、コミュニケーションを図るための工夫や業務に関する適切な教育の実施が必要になるとされています。

 

 

冒頭にもご紹介したように、今回公表された研究報告は、リモートワークの導入が企業の業務プロセス・内部統制や監査人の監査における主要な課題を識別し、監査人に対してその対応の方向性を示すことを目的としていますが、リモートワークの導入を進める企業の担当者の方にとっても参考になる情報が多く、是非ご一読されることをお薦めします。

 

 

あすかコンサルティング株式会社

【会計コンサルティング担当】津田 佳典

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